個人事業主の所得税&消費税関連の相続手続きと準確定申告
個人事業主が亡くなった場合には事業をしている分、様々な点で通常の相続とは異なります。
中でも重要な税金関連について、個人事業主の相続手続きと準確定申告、消費税申告について解説します。
目次
1.個人事業主の相続手続きは複雑
個人事業主の相続では、通常の相続財産に加えて事業に関係する財産や債務などの計算も必要になります。全てが個人の所有になるので、相続が発生した場合の各種手続きは、数が多く内容も複雑になります。
よって相続人は、遺産分割、相続税申告、登記や金融機関などの各種名義変更手続きなど多くのやるべきことがあります。
これが法人の場合には、1人社長で個人事業主のような形での経営状態であっても、事業に関係するものは法人が所有しているため、社長の相続が発生しても、相続財産には無関係となります。
1-1.開廃業の届出
遺産分割、相続税申告以外にも、個人事業主としての開廃業手続きがあります。
事業は放っておいても自動的には引き継がれません。事業を承継する人が自ら手続きする必要があります。 被相続人の事業をそのまま引き継いだとしても、被相続人と事業承継者は全く別物として扱われるのです。
1-2.準確定申告
相続人は、被相続人の事業所得(死亡した年の1月1日から死亡日まで)を計算して、準確定申告書の提出及び納税をする必要があります。
2.所得税に関する届出
2-1.被相続人
被相続人の廃業届を税務署に提出します。
届出書名 | 提出先 | 提出時期 | 様式の入手先 |
---|---|---|---|
個人事業の 開業・廃業等届出書 | 被相続人の納税地の 所轄税務署長 | 相続の開始から 1ヶ月以内 | [国税庁] 個人事業の開業届出・ 廃業届出等手続 |
2-2.相続人(新規開業の場合)
事業を承継する相続人が、個人事業を行っておらず、今回の相続で新たに事業を開始する場合に、提出する届出は次の通りです。
届出書名 | 提出先 | 提出時期 | 様式の入手先 | 備考 |
---|---|---|---|---|
個人事業の 開業・廃業等届出書 | 事業を承継した 相続人の納税地の 所轄税務署長 | 相続の開始から 1ヶ月以内 | [国税庁] 個人事業の開業届出・廃業届出等手続 | |
所得税の 青色申告承認申請書 | ※ | [国税庁] 所得税の青色申告承認申請手続 | 青色申告を行う 場合に提出 | |
青色事業専従者給与に 関する届出・変更届出書 | 相続の開始から 2ヶ月以内 | [国税庁] 青色事業専従者給与に 関する届出手続 | 家族に給与を支払うか、 家族への給与を 経費にする場合 | |
給与支払事務所等の 開設・移転・廃止届出書 | 相続の開始から 1ヶ月以内 | [国税庁] 給与支払事務所等の開設・移転・廃止の届出 | 給与を支払う場合 | |
源泉所得税の納期の特例 の承認に関する申請書 | 適用を受けようと する月の前月まで | [国税庁] 源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請 | 給与を支払う対象者が 10名未満の場合に 提出可能 | |
所得税の棚卸資産の 評価方法・減価償却資産 の償却方法の届出書 | 相続の開始から 確定申告期限まで | [国税庁] 所得税の減価償却資産の償却方法の届出手続 | 標準と異なる場合 |
※被相続人が白色申告であったか、青色申告であったか及び死亡日がいつであったかによって、次の通り提出時期が異なります。
【青色申告】
死亡日 | 提出時期 |
---|---|
1月1日〜8月31日 | 相続の開始から4ヶ月以内 |
9月1日〜10月31日 | その年12月31日まで |
11月1日〜12月31日 | その年の翌年2月15日まで |
【白色申告】
死亡日 | 提出時期 |
---|---|
1月1日〜1月15日 | その年3月15日まで |
1月16日〜12月31日 | 相続の開始から2ヶ月以内 |
2-3.相続人(既に個人事業主の場合)
以前から個人事業主として事業をしており、その事業に被相続人の事業がプラスされた場合には、現状の届出内容がそのまま継続します。
事業承継したことで棚卸資産の評価方法や減価償却資産の償却方法を変更したい場合には、「2-2.相続人(新規開業の場合)」に準じます。
ただし、白色申告であったのを青色申告にしたい場合については次の通りとなります。
死亡日 | 提出時期 |
---|---|
1月1日〜3月15日 | その年3月15日まで |
3月16日〜12月31日 | その年は適用できない |
3.準確定申告
準確定申告とは、被相続人の死亡した年の確定申告のことをいいます。
申告と納税は、相続開始日の翌日から4ヶ月以内に相続人が行わなければなりません。
死亡日が1月1日から3月15日までの間であったなどの理由で、死亡した年の前年の確定申告書を提出していなかった場合には、その準確定申告も必要です。
名称に「準」と付きますが、特別な様式がある訳ではありません。書き方は通常の確定申告書とほぼ同じです。
ただし、所得や所得控除などの計算において異なる点が多数あります。
3-1.事業所得計算のポイント
準確定申告と通常の確定申告の事業所得計算の違いは、死亡日が12月31日だった場合以外は、1年分が対象とならない点です。
3-1-1.必要経費の取り扱い
原則として必要経費に算入できるのは、被相続人が死亡した日までの経費です。
死亡日では未払いであった経費でも生前に発生したものである場合には、準確定申告の必要経費に未払計上で含めることができます。
3-1-2.減価償却費の取り扱い
相続人は被相続人の減価償却資産について、その取得時期、取得価額、耐用年数を引き継ぎます。
減価償却費は死亡月までの月数按分で計算し、被相続人と相続人の間で日数按分までする必要はありません。
よって、相続人の確定申告と1ヶ月の重複期間が生じる場合があります。
例えば、4月10日に相続が発生した場合には、被相続人では1月1日から4月10日まででの4ヶ月分が減価償却費として計上されます。そして相続人では4月10日から12月31日までの9ヶ月分の償却費が計上されることになります。
また、償却方法については引き継がれない点に注意が必要です。被相続人が選択していた償却方法をそのまま相続人が採用することはできす、償却方法を選定しなければなりません。
3-1-3.固定資産税は納税通知書がポイント
固定資産税は、死亡日に納税通知書が届いているか否かで、被相続人と相続人どちらの経費になるか決まります。通常、納税通知書は毎年4月頃に送付されます。
死亡日までに届いた場合には、「全額/納期到来分/実際の納付額」のうちどれかを選択して必要経費に含めることができます。
死亡日までに届かなかった場合には、必要経費にすることはできません。
3-1-4.事業税は原則経費算入できない
事業税は賦課決定(納付額が具体的に確定)された日の属する年の必要経費になりますので、死亡年分の事業税は死亡日時点では賦課決定されていないため、経費算入はできません。相続人の翌年の事業所得の必要経費になります。
ただし事業承継者がいない場合には、事業的規模か否かで異なります。
事業的規模である場合には、事業税の見込み額を必要経費に算入するか、または、事業税を必要経費に含めないまま申告しておき、翌年に賦課決定された時点で準確定申告の更正の請求をするかを選択します。
事業的規模でない場合には、賦課決定時に準確定申告の更正の請求をします。
3-1-5.消費税は例外的に経費算入できる
消費税は、原則として相続人の経費になりますが、例外として税抜処理による経理を行っている場合には、消費税の未払い分を「未払消費税等」に計上しますので、被相続人の準確定申告の経費に算入することになります。
事業承継者がいない場合には、たとえ税込処理であっても準確定申告の必要経費に算入します。
3-1-6.青色申告特別控除は月数按分不要
青色申告特別控除は、「その年分」の所得金額から控除することとなっていますので、準確定申告の対象期間で月割計算する必要はありません。
例えば死亡月が4月である場合にも、特別控除額65万円に12分の4を掛けなくても大丈夫です。65万円全額が控除できます。
3-1-7.借入金利子
借入金の利息は、死亡日までの期間に対応する部分に限り必要経費にできます。
3-1-8.青色事業専従者給与
死亡日まで専従者として従事した分に対して支給した給与で、不相当でない金額は経費にできます。
3-1-9.白色事業専従者控除
死亡した年に6カ月超事業に従事している場合に限り経費にできます。
3-2.所得控除計算のポイント
所得控除の計算においても死亡日は大きなポイントとなります。
3-2-1.医療費控除
死亡日までに被相続人が支払った医療費が準確定申告の対象となります。
死亡日後に支払った被相続人の医療費については相続税計算における債務控除に算入されます。
また被相続人の医療費を、被相続人と生計を一にしていた親族が支払った場合には、その支払った人の確定申告の医療費控除の対象となります。
3-2-2.生命保険料控除・地震保険料控除・社会保険料控除
死亡日までに被相続人が支払った保険料が対象となります。
3-2-3.配偶者控除、扶養控除
死亡日時点の現況により判定されます。
4.消費税に関する届出
所得税同様に消費税にも各種届出が必要になります。
被相続人が生前に提出していた「消費税課税事業者選択届出書」、「消費税簡易課税制度選択届出書」などの効力は相続人には引き継がれない点に注意しましょう。相続人が事業承継後もこれらの適用を受けたい場合には、改めて自分で提出する必要があります。
4-1.被相続人
被相続人が消費税の納税義務者だった場合には、次の書類を提出する必要があります。
届出書名 | 提出先 | 提出時期 | 様式の入手先 |
---|---|---|---|
個人事業者の死亡届出書 | 被相続人の納税地の 所轄税務署長 | 相続の開始から速やかに | [国税庁] 個人事業者の死亡届出手続 |
4-2.相続人(新規開業の場合)
届出書名 | 提出先 | 提出時期 | 様式の入手先 | 備考 |
---|---|---|---|---|
消費税課税事業者 届出書 | 相続人の納税地の 所轄税務署長 | 課税事業者になる 場合に速やかに | [国税庁] 消費税課税事業者 届出手続(基準期間用) | 課税事業者 の場合 |
消費税課税事業者 選択届出書 | 相続の開始があった 年の末日まで | [国税庁] 消費税課税事業者 選択届出手続 | 免税事業者が 課税事業者に なりたい場合 | |
消費税簡易課税制度 選択届出書 | 相続の開始があった 年の末日まで | [国税庁] 消費税簡易課税制度 選択届出手続 | 簡易課税を 適用する場合 |
4-3.相続人(既に個人事業主の場合)
被相続人が生前に、課税事業者選択届出書や簡易課税制度選択届出書を提出していなかった場合には、相続の開始があった年においては、これらの規定の適用を受けることができません。
5.消費税申告
被相続人が消費税課税事業者であった場合には、所得税の準確定申告と合わせて消費税申告も必要になります。
5-1.相続があった場合の納税義務の免除の特例
相続があった場合の納税義務の判定は、通常の方法とは異なります。
相続により事業を始めることになった相続人や、相続が発生するまでは免税事業者であった相続人であっても、被相続人の事業を承継することにより納税義務者となる場合があります。
5-1-1.相続があった年
- 相続があった年の被相続人の基準期間における課税売上高が1,000万円超である場合(課税事業者である場合)には、死亡日の翌日から12月31日までの期間は納税義務があります。
- 相続があった年の被相続人の基準期間における課税売上高が1,000万円以下である場合(免税事業者である場合)には、相続があった年は納税義務がありません。
ただし、相続人が課税事業者選択届出書を提出して課税事業者となっている場合には、納税義務はあります。
5-1-2.相続があった年の翌年・翌々年
- 相続があった年の翌年または翌々年の被相続人と相続人の基準期間における課税売上高の合計が、1,000万円超である場合には、これらの年は納税義務があります。
- 相続があった年の翌年または翌々年の被相続人と相続人の基準期間における課税売上高の合計が、1,000万円以下である場合には、これらの年は納税義務がありません。
ただし、この場合においても相続人が課税事業者選択届出書を提出して課税事業者となっている場合には、納税義務はあります。