兄弟の遺産隠しにご用心:正当な相続分を確保する事前対策

皆さんは頻繁にご実家に帰省していますか?
若い時は連休の度に帰省していても、年を取るごとに、実家に帰る頻度は減っていくものです。久しぶりに実家に帰って、実家の様子が以前と変わっていた、なんて経験は皆さんあるのではないでしょうか。
つまりそれだけ皆さんはご実家の状況に疎いという事です。そしてそれは、相続が発生した時に、思わぬ被害を生む可能性があるのです。
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身内に騙される恐怖。遺産隠しに警戒せよ。
もしもあなたがご両親と離れ遠方で暮らしていて、ご兄弟がご実家で両親の面倒を見ていたとします。しばらく実家と疎遠になっていたあなたは、当然ご両親の細かな預金残高や資産状況は知りませんが、一緒に暮らしている兄弟は、高齢のご両親の代わりに財産を管理するため、これらの事についてはしっかりと把握しています。
そんな折、ご両親が死亡され相続が開始しました。
あなたのもとには、ご兄弟が依頼した弁護士を通じて両親名義の銀行口座の残高証明書が送られてきて、それを分割する内容の記載がありました。
しかし、両親の資産状況を考えるとあまりに低い金額で、とてもそれが全財産とは思えませんでした。
そこであなたはこう疑う事になります。
「もしや、両親の遺産を兄弟が遺産隠しているのではないか」と。
遺産分割協議がトラブルに発展する原因の一つとして、一部の相続人による「遺産隠し」が問題となるケースがあります。
遺産隠しとは、本来被相続人の財産であるにも関わらず、何らかの方法で一部の相続人がその他の相続人に見つからないよう隠し、自分のものにしてしまうことです。
遺産隠しが発覚しますと、遺産分割協議が紛争化して、遺産分割調停、最悪の場合裁判まで発展することもあります。
遺産隠しは相続税の虚偽申告にもつながるため、絶対にしてはいけない行為です。
あなたが親族・兄弟の遺産隠しを証明する事はとても大変!
遺産隠しを証明する事は簡単な事ではありません。なぜなら多くの場合、被相続人の口座から別の相続人の口座等に現金が移し替えられていたり、別の資産に組み変わっている可能性もあるため、それをあなた個人が調べる事はほぼ不可能に近いのです。
遺産分割調停を利用しましょう。
個人の力で難しいのであれば、あとは法律の力に頼るしかありません。遺産分割調停は、家庭裁判所に対して申立てを行ないます。費用も印紙代1200円と郵送用切手だけなので、経済的な負担はありません。調停を申立てて調査嘱託の申請をする事で、裁判官に職権で調査してもらう事が出来ます。
遺産隠しは、税務署に暴かれます。
もしもあなたが遺産隠しに気がつかなかったとしても、最終的には税務署の調査官が突き止める可能性が高いです。税務署は、相続税申告がされますと、被相続人以外のすべての相続人および親族の口座情報の開示を金融機関等に請求しますので、たとえあなたの兄弟が直前に多額の現金を自身の口座に移し替えたとしても、それは税務調査によって暴かれるのです。
そうなれば、遺産分割協議もやり直しになるばかりか、修正申告をせまられ、追加納税等の可能性も出てきます。
つまり、「遺産隠し」は隠しきれない、という事です。必ずバレますので、万が一遺産隠しをしようと画策している人がいるとするならば、他の相続人にも迷惑がかかりますので、絶対にやめましょう。
では、そもそも実際にどうやって遺産隠しを防止すれば良いのでしょうか。
ポイント1:生前の話し合いと「寄与度」の考慮
遺産隠しが発生する原因の一つとして、生前の被相続人に対する貢献度の違いがあります。
例えば、ご高齢の両親を長年にわたって長男夫婦が面倒を見てきた場合、両親の財産も長男が事実上管理している可能性が高くなります。
そして相続が発生すると、これまで何も親の介護を手伝ってこなかった次男と財産を半分ずつ分割することを嫌がって、遺産を隠すというパターンが多くあります。
これを回避するには、長男夫婦の不安をあらかじめ解いてあげるために、両親の生前に税理士なども交えて兄弟間で相続割合について話し合っておくことが重要です。
上記のような事例の場合は、「寄与度」というものが考慮される可能性があります。
寄与度とは、被相続人の生前に特別な貢献をした相続人に対し、他の相続人よりも多めに財産を相続できるよう配慮する度合いのことで、通常の相続分に対してこれを「寄与分」と言います。
予め話し合った上で、その内容を遺言書などで残しておくことで、遺産隠しを予防する事が出来ます。
ポイント2:隠し財産の見つけ方
不動産や株式は不動産屋や証券会社が介在しているため、遺産隠しの標的となることは少ない傾向にあります。
それに対し、預金や現金などは隠しやすく、また実際に遺産隠しをされた場合は見つけることが非常に困難になります。
もしも財産調査の結果、予想よりも財産が少なかった場合は遺産隠しを疑いましょう。
調べる方法として一番有効な手段は、金融機関に対する「口座取引履歴の開示請求」です。
遺産隠しの一つのパターンとして、死期が近づいた際に、一部の相続人が本人の口座から多額の現金を引き出し確保するというケースがあります。
それを見破るために、金融機関に対し取引履歴の開示を請求することで、お金の流れがわかりますので、万が一不審な引き出しがあればその使途を追求するなどして遺産隠しを指摘する事が出来ます。
取引履歴の開示請求は、保存行為とされており、相続人全員の同意がなくても金融機関に対し請求することができるため、遺産隠しをしている相続人の同意を得ることなく請求することが可能です。
遺産隠し対策のまとめ
上記の以外にも、
○生前に顧問税理士を雇い、お金の出入りをしっかりと記録して財産を正確に管理しておく。
○後見人に財産を管理してもらう。
などの事前対策も非常に効果的です。
遺産隠しはプロでも突き止めることが難しいため、出来る限り事前にこれらの対策を取っておくことをお勧めします。
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遺産隠しをした親族を訴えたい!
仮に他の親族が遺産隠しをしている場合、その親族を訴えることはできるのでしょうか?
そもそも相続財産は、遺産分割協議が確定して各相続人の相続が確定するまでは、相続人全員の「共有財産」という扱いになっています。
つまり、各相続人が全員で所有しているという状態ですので、これを誰か一人が勝手に自分のために使い込んだり、勝手に自分の口座に送金したりすれば、それは厳密に言うと刑事事件です。
罪名で言えば、窃盗罪、横領罪、詐欺罪などの可能性があるでしょう。ただ、これはあくまで他人との間の場合であり、親族間の場合は刑法に別途次のような定めがあります。
刑法第244条
1:配偶者、直系血族または同居の親族との間で、窃盗、不動産侵奪またはこれらの罪の未遂罪を犯した者は、その刑を免除する。
2:前項に規定する親族以外の親族との間で犯した同項に規定する罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
3:前2項の規定は、親族でない共犯については、適用しない。
これらの規定を 「親族相盗例」といい、親族間の窃盗、横領、詐欺などの罪については家族内部の問題ということで警察は捜査するなどして関与しないということになっています。条文にも刑を免除するとの記載があるため、刑事罰を与えることは難しいでしょう。
じゃあどうしたら返してもらえるの?
親族相盗例は、あくまで刑法上における処罰の問題において適用されるものですので、民事上において遺産隠しの被害にあった相続人がその返還を求めることは可能です。例えば、夫が亡くなる直前に長男が勝手に現金を引き出して横領したとします。すると法的にはこの時点で亡くなる直前の父親に「不当利得返還請求権」という権利が発生します。仮に父親が横領した長男に返還請求をする前に死亡したとしても、その不当利得返還請求権は法定相続人が法定相続分の割合で相続することができるため、妻や次男などは自分自身の法定相続分を限度として長男に対して不当利得返還請求権を行使して返還を求めることができるのです。
遺産隠しを法的に考えるとこのようになりますが、実務上は法律に則って粛々と解決できるほど、遺産隠しの問題は簡単ではありません。相続人の方の中には、裁判をすれば裁判所が強制的に調査してくれると安易に考えている人もいますが、遺産隠しの問題は、隠された相続人が自ら隠された遺産を探すのが原則です。
このようなケースにおいて、ご自身で手に負えない場合に助けてくれるのは「相続に強い弁護士」だけです。万が一遺産隠しが疑われる場合は、できる限り早めに弁護士に相談しましょう。