2018年税制調査会で相続税のさらなる改正が議論に

先日10月17日に行われた2018年税制調査会で、相続税や贈与税の資産課税制度の改正について議論がありました。
資産の世代移転が進まないことが問題視されており、今後、相続税がさらに増税される可能性も見えてきています。
今回は、相続税・贈与税に関する日本の現状と、今後の方向性について解説します。
目次
1.財産の状況
1980年代に急増した家計財産は、バブル崩壊後の1990年代以降は横ばいで推移しています。詳しくみていきましょう。
【出典】第18回 税制調査会 説明資料 4ページ 家計資産の推移
1-1.金融資産が増加
資産は金融資産と非金融資産に分けられます。
金融資産とは、現預金(円だけではなくドルやユーロなども含まれます)、有価証券、債権、などの流動性と換金性の高い資産のことをいいます。
非金融資産とは、金融資産以外の資産をいい、家や土地などの有形固定資産などをいいます。
バブル崩壊後は、非金融資産を流動化して金融資産にする人が多くなり、非金融資産は低下する一方、金融資産のウェイトは増加傾向となっています。
理由としては、多くの金融資産はすぐに現金化することができるため、投資などで運用して増やすことができます。現在はバブル期とは違い、不動産として保有していても目減りする場合が多く、金融資産として保有した方がメリットがあるからです。
【出典】第18回 税制調査会 説明資料 4ページ 経済のストック化の内訳
1-2.この20年間で60歳代以上の保有割合が倍増
所有財産の金融資産割合が増大しているため、自然と相続財産も金融資産が多くなっていきます。 年代別の残高を見ると、1989年から2014年で60歳代以上の保有割合は、なんと倍増しているのです。
【出典】第18回 税制調査会 説明資料 6ページ 年代別金融資産保有総額(兆円)
1-3.「老老相続」の増加
被相続人の年齢が高齢化していることにより、若年世代への資産移転が進みにくい状況となっています。
若年世代にお金がないとどうなるか。教育や結婚などへ影響が出て、将来的に所得格差や少子化に繋がっていきます。また、親の経済格差が子供に引き継がれることを防止するのも重要と指摘されています。
今後の税制改正では、資産の適切な再配分を促す制度が必要不可欠です。
【出典】第18回 税制調査会 説明資料 7ページ 相続税の申告からみた被相続人の年齢の構成比
2.相続税・贈与税の状況
2013年度税制改正では相続税・贈与税の一大改革が行われました。
相続税では財産から差し引ける基礎控除額が4割も縮小され、課税対象が一気に拡大し、贈与税では孫を生前贈与先に認めるなど、高齢者から若年世代への資金移転を促しました。
しかし、それでもなかなか資産移転が進んでいないのが現状です。
2-1.生前贈与がされにくい
生前贈与とはその名称通り、自分が生きているうちに財産を他の人へ譲り渡す行為をいいます。
生前贈与が積極的に行われることによって、被相続人が高齢化する前に若年世代へ資産を移転することができ、高齢者の過剰な資産のストックを防止することができます。
また消費が多い若年世代がお金を使うことで経済も活性化していきます。
ただ生前贈与には贈与税がかかる点に注意しなければなりません。
相続税の課税回避を防止するため、贈与税は相続税に比べて高い税負担水準が設定されています。このため生前贈与がされにくく、結局のところ、相続が発生するまで高齢者が資産を保有し続けてしまっています。
贈与税の速算表
基礎控除後の課税価格 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
200万円以下 | 10% | - |
300万円以下 | 15% | 10万円 |
400万円以下 | 20% | 25万円 |
600万円以下 | 30% | 65万円 |
1000万円以下 | 40% | 125万円 |
1500万円以下 | 45% | 175万円 |
3000万円以下 | 50% | 250万円 |
3000万円超 | 55% | 400万円 |
基礎控除後の課税価格 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
200万円以下 | 10% | - |
400万円以下 | 15% | 10万円 |
600万円以下 | 20% | 30万円 |
1000万円以下 | 30% | 90万円 |
1500万円以下 | 40% | 190万円 |
3000万円以下 | 45% | 265万円 |
4500万円以下 | 50% | 415万円 |
4500万円超 | 55% | 640万円 |
【出典】No.4408 贈与税の計算と税率(暦年課税)|相続税 |国税庁
特例贈与財産とは、祖父母や両親などの直系尊属から20歳以上の孫や子への贈与財産のをいい、一般贈与財産とはそれ以外の贈与財産をいいます。
例えば、祖父から25歳の孫へ現金1,000万円を贈与した場合には、
(贈与額1,000万円-基礎控除額110万円)×贈与税率30%-控除額90万円=贈与税額177万円
となり、受贈者は177万円もの贈与税を支払わなくてはなりません。 これでは生前贈与が進まないのも納得できますね。
2-2.相続時精算課税制度が有効利用されていない
次世代への資産移転と、これによる消費拡大と経済活性化の観点から、2003年度に相続時精算課税制度が導入されました。
相続時精算課税制度とは、60歳以上の親や祖父母から、20歳以上の子や孫への贈与について選択できる制度で、評価額2,500万円までは贈与税はかかりせん。2,500万円を超えた部分については、一律20%の贈与税がかかります。
2,500万円まで無税で生前贈与ができるとなれば、多くの人が利用しそうな制度なのですが、実はあまり有効的に機能していません。 理由としては主に次の4つが挙げられます。
2-2-1.生前贈与に戻れなくなる
相続時精算課税制度を1度選択してしまうと、生前贈与には戻れません。選択後はその贈与者からのすべての贈与財産について相続時精算課税制度が適用されます。
2-2-2.小規模宅地等の特例が使えなくなる
贈与財産が土地である場合には、小規模宅地等の特例が適用できる場合があります。その場合には相続時精算課税制度よりも、小規模宅地等の特例の方が有利になる可能性が高いです。
2-2-3.贈与財産が値下がりした場合には損をする
相続時精算課税制度はその名称通り、相続時に課税されて精算される制度で、相続税の課税価格にプラスされる財産の金額は、相続時ではなく贈与時の価格になります。
例えば贈与財産が土地で、贈与時の価格は2,000万円、相続時の価格は1,500万円である場合、相続時精算課税制度の適用を受けなければ1,500万円で済んだ評価額が、適用を受けた場合には2,000万円となってしまいます。
2-2-4.物納できない
相続時精算課税制度の適用を受けた財産は、物納の対象とはなりません。
2-3.バブル期に合わせた基礎控除額と相続税率
2013年度税制改正前後における、相続税の基礎控除額と最高税率を比較すると次のようになります。
改正前 | 改正後 | |
---|---|---|
基礎控除額 | 5,000万円+1,000万円×法定相続人の数 | 3,000万円+600万円×法定相続人の数 |
最高税率 | 70% | 55% |
実はこの改正前の基礎控除額は1994年の改正で定められた金額で、バブル期の地価が高い状況における相続税の負担が軽減されていました。しかしその後バブルが崩壊し、地価が下落したため、本来であれば基礎控除額の減額が行われるはずですが、20年以上も基礎控除額の改正は行われてきませんでした。
よって、相続税の課税対象者と相続税額が減ってしまい、国の税収減へと繋がっていってしまったのです。
【出典】第18回 税制調査会 説明資料 21ページ 地価公示価格指数の推移と相続税の改正
2-4.改正により相続税の負担割合は増加
1994年度改正で減少傾向にあった相続税負担割合は、2013年度改正以降は増加(課税価格2億円の場合の負担割合は4.8%から6.8%)しています。 しかし、まだピーク時よりは少ないのが現状です。
【出典】第18回 税制調査会 説明資料 25ページ 相続税の課税件数割合、負担割合及び税収の推移
3.今後の方向性
相続税・贈与税の資産課税制度は、今後どのような方向に進んでいくのか考えてみます。
3-1.高額の遺産取得者を中心に相続税増税
資産再分配機能は相続税の大きな役割の1つです。資産格差が次世代につながっていかないように、遺産から相続税を徴収し社会へ還元します。
この社会への還元を考えると、若年世代への移転や、家族以外への移転の仕組みが必要であり、今後は高額の遺産取得者を中心として、より一層の負担を求めるという考え方で税率構造の見直しなどが行われていく可能性があります。
3-2.贈与税の非課税措置の見直し
贈与税には相続時精算課税制度をはじめとして、高齢者から若年世代への資産移転を促すために、時限措置として様々な非課税措置が設けられています。
ただしこれらの措置は、両親や祖父母から子や孫への財産の贈与があった場合といった家族内のみに適用されるため、格差の固定化につながりかねない面もあります。
今後、期限の到来を見据えて、更なる見直しが行われるかもしれません。
3-3.民法改正に伴う税制対応
2018 年7 月6 日に、相続に関する民法等を改正する法律が成立しました。この改正は約40年ぶりとなる大きな見直しです。
具体的な改正項目は次の通りで、これに関連する税制も対応していかなければなりません。
- 配偶者の居住権の創設
- 遺産分割に関する見直し
- 遺言制度に関する見直し
- 遺留分制度に関する見直し
- 相続の効力等に関する見直し
- 相続人以外の者への寄与分
【参考・出典サイト】内閣府 第18回 税制調査会(2018年10月17日) [総18-2]財務省説明資料(資産課税(相続税・贈与税)について)