新型コロナウイルス感染症による相続税申告への影響
新型コロナウイルス感染症は、健康や経済だけではなく税金の申告にも大きな影響を与えています。今回は、現在分かっている「…[続きを読む]
新型コロナウイルス感染症の影響により、東京や大阪など大都市や一部の地域では政府から外出自粛が要請され、経済成長の鈍化が始まっています。
経済成長の鈍化は、直接的に不動産価格に悪影響を及ぼし始め、住宅の売買や建設現場で混乱が続いています。都内のマンションを中心に高騰してきた住宅価格は、消費者の買い控えが進むにつれ下落していくと見られています。
不動産価格の下落は、相続税の申告にも大きな影響を及ぼします。なぜなら、相続税の申告では、不動産が相続財産の中で大きな割合を占めているからです。
今回は、新型コロナウイルス感染症の影響により不動産価格が急激に下落した場合の相続評価額への影響についてご紹介します。
なお、新型コロナウイルスによる相続税申告に与える影響については、以下の関連記事をお読みください。
※この情報は2020年4月21日現在のものです。
目次
「公示地価」とは、簡単に言えば「国が公表している土地の値段」です。この「公示地価」は、すべての土地の参考価格になるもので、不動産税の課税の基礎となる評価額を算定する際の目安にもなっています。
相続税法上での土地の評価で使用される相続税評価額も例外ではなく、相続税評価額は公示地価の約80%になるように設定されていると言われています。
さまざまな土地の評価の目安になる「公示地価」は、国土交通省により毎年1月1日時点の土地の評価額を毎年3月下旬に公表します。つまり、2020年の公示地価は、1月下旬より流行が始まった新型コロナウイルス感染症の影響を全く織り込んでいないのです。
土地の価格は一物四価などと呼ばれており、1筆の土地に異なる4つの価格(評価額)が付されています。
4つの価格とは、「公示地価」「相続税評価額(路線価)」「固定資産税評価額」「基準地価」です。この4つの価格に「実勢価格」を加えて「一物五価」と言われる場合もあります。それぞれの価格は、目的によってどの価格を利用するか異なります。
詳しくはこちらをご覧ください。
相続税の計算は、「相続税評価額(路線価)」を使用して計算を行います。
2020年の公示地価の基準日は、2020年1月1日現在です。この時点では、新型コロナウイルス感染症の影響は加味されていないため、公示地価は2019年より全体的に上昇しています。
住宅地は前年比0.8%の上昇(4年連続上昇)、商業地は3.1%の上昇(5年連続)しており、全用途地価平均は1.4%上昇(5年連続)しています。
しかし、現在流行している新型コロナウイルス感染症の影響により、次の理由で2020年の不動産価格(実勢価格)は大きく下落すると見られています。
新型コロナウイルス感染症は健康被害だけではなく、世界経済に深刻な影響を及ぼしており日本経済も不安定な状況が続いています。
経済が不安定になると、今まで積極的に投資を行ってきた投資家が投資を控えます。そうなることで不動産価格が下がっていくことが予想されます。
また、外出自粛により消費の落ち込みや、外国からの訪日観光客減少により多くの企業が事業を存続させることが難しくなってきています。
特に、経済的な余裕がない飲食店などは店舗の家賃を支払うことが困難になり、賃料の減額や滞納、撤退が発生し、不動産価格の下落につながるでしょう。
資金繰りに困った不動産のオーナーは所有している物件の売却を行わなければならない状況も多く発生すると予測されます。
その結果、不動産市場には売り手が増加し、不動産価格は下落します。新型コロナウイルス感染症と不動産市場は関係ないと思われがちですが、感染症の影響は今後の不動産市場に大きな影響を与えるでしょう。
帝国データバンクが全業種を対象に行った「新型コロナウイルス感染症の影響」についてのアンケートでは、8割の企業が新型コロナウイルス感染症によりマイナスの影響を受けていると回答しています。
業種別の回答では、実に82%の不動産会社が「マイナスの影響がある」と回答し、不動産の販売件数が大幅に減少しているため資金繰りが悪化しています。
新型コロナウイルス感染症により世界的な経済危機が懸念されています。類似する世界的な経済危機は、2008年に起こったリーマンショックがあげられます。
リーマンショックによって世界経済が深刻な景気後退をしたことは記憶に新しいのではないでしょうか。
専門家の間では、今回の新型コロナウイルス感染症による経済危機はリーマンショックより深刻になる可能性が高いと予測されています。
その理由は、リーマンショックが金融危機だったのに対し、今回は人や物の動きが制限される実体経済危機だからです。
新型コロナウイルス感染症により、今後の不動産の取引価格が大きく下落した場合、影響を受けるのは「相続税」です。その理由は「不動産の取引価格が大きく下落しても相続税評価額は高いまま」になるからです。
冒頭でご紹介した通り、公示地価は1月1日現在の価格のため前年より増加しています。そのため、公示地価を目安に算出される相続税評価額(路線価)も同様に土地の価格が増加すると見られています。
つまり、公示地価の約80%で計算される相続税評価額が実際の取引価格(実勢価格)より過大になる可能性があるのです。相続税評価額が実勢価格より過大になった場合は、相続人(納税者)に過大に相続税を負担させる結果になってしまうのです。
相続した財産に預金や有価証券などの金融資産が多くあれば相続税の納税を行うことができますが、財産のほとんどが土地や建物などの不動産であった場合は、相続した不動産の売却を検討しなければなりません。
不動産を売却し現金化する必要があるため不動産の取引価格(実勢価格)が重要になります。相続税評価額が実勢価格より高い場合はどのような結果になるのでしょうか。シミュレーションしてみましょう。
事例
- 総財産:4億円(全て不動産の相続税評価額)
- 法定相続人:1人(子)※配偶者なし
- 相続税額:1億4,000万円
相続税評価額1億1,200万円分の不動産を売却すれば1億4,000万円の納税資金を捻出することができます。
1億4,000万円 × 80% = 1億1,200万円
相続税評価額と実勢価格が同額の場合は、相続税評価額1億4,000万円分の不動産の売却が必要です。
相続税評価額が実勢価格より30%高い場合は、相続税評価額1億8,200万円分の不動産の売却が必要です。
1億4,000万円 × 130% = 1億8,200万円
①と比べて相続税評価額が実勢価格より高い場合(③)は、相続税を納付するためにより多くの不動産を売却しなければなりません。
不動産取引価格(実勢価格)の急激な下落には、通常の相続税評価額の計算方法では対応することができません。
この状況の解決策は、不動産鑑定士に鑑定依頼を行うことで適正な時価を算出する方法がありますが、不動産鑑定士に支払う報酬などの費用が発生します。
大災害が起こった年の公示地価はどのようになったのでしょうか。2011年3月に発生した東日本大震災の時の土地の価格について見ていきましょう。
2011年の公示地価の発表は地震が発生した直後3月18日に行われました。この公示地価は、2011年1月1日現在の価格のため地震発生前の価格です。
地震発生後の地価については、国土交通省より「震災により標準地の利用の現況、標準地の周辺の土地の利用の現況等が変わっているものもあります。地価公示の価格等を利用する際には、当該震災の前後で価格等が変化している標準地があることに留意して下さい」という注意喚起が行われました。
相続税評価額も同様に1月1日現在の価格のため震災前の価格です。
ただし、震災で被害にあった地域は、地価下落を反映させるために地域ごとに定めた「調整率」を従来の相続税評価額に乗じることで相続税評価額を減額できる特例措置を行ないました。
上記のように、大災害があった場合は相続税評価額には特例措置が設けられます。東日本大震災は物理的な災害であったため、直接的要因や社会インフラ要因による減価が認められました。
しかし、今回の新型コロナウイルス感染症では物理的な災害ではないため「調整率」を使った相続税評価額を減額する特例措置が設けられるかどうかは分かりませんが、経済的要因による減価が認められる可能性も考えられます。
政府より「緊急事態制限」が発令されたことにより、日本の経済活動の縮小は避けられない状況に陥っています。
多くの企業が営業活動を停止し、職を失い生活に困窮する人たちが増加すると予測されています。そうなると、生活費の多くを占める家賃の滞納が発生してくる可能性が高いです。
住宅のオーナーからすると、この家賃の滞納は「未収家賃」となります。未収家賃が発生している時に、不動産のオーナーに不幸があった場合の「未収家賃」は、相続財産になります。家賃を貰っていないにもかかわらず財産として相続税の対象になってしまうのです。ここからは、「未収家賃に対する対策」をご紹介します。
「未収家賃」は、払ってもらえないからといって相続税の対象外にすることはできません。
しかし、相続が発生する前に事前対策を行うことによって「未収家賃」を回避することは可能です。事前に行える対策として有効な方法は、次のとおりです。
1.で家賃の督促を行い、それでも応じてもらえない場合は2.または3.の法的手続きを検討するといいでしょう。
2.の「支払督促」は、簡易裁判所の書記官が家賃を滞納している入居者に対し支払督促を出すことができる制度です。
3.の「少額訴訟手続」は、60万円以下の金銭の支払の請求について行える簡易裁判制度です。
回収できる可能性がない場合は4.の敷金を充当することで対応することができます。敷金を充当するだけでは足りない場合は5.の貸倒損失の計上を検討しましょう。
「貸倒損失」とは、回収見込みがなくなった滞納家賃を所得税法上、経費処理することを言います。通常、家賃の発生日には家賃の支払いが行われなくても家賃収入として収入を計上します。
そして、家賃が回収不能となった場合に、その回収不能の家賃を貸倒損失という経費で処理を行います。経費処理することで未収家賃は消滅しますので、相続財産になることはありません。
ただし、貸倒損失の計上は簡単には認められません。どういった場合に貸倒損失の計上が認められるのか見て行きましょう。
入居者が家賃を滞納し、夜逃げを行い音信不通になっている場合で、連帯保証人にも連絡が付かない場合は、裁判の手続きを行い、明け渡しの判決後に貸倒損失を計上することができます。
滞納額が少額の場合で入居者の経済状況、回収までの労力や取り立て費用などが滞納額を上回る場合などは「事実上の貸倒」として貸倒損失を計上することができます。(所得税法基本通達51-12)
入居者が家賃を滞納したまま退去し、いつまでたっても残りの滞納分の支払いがない場合は、「形式上の貸倒」により貸倒損失に計上できる可能性があります。
形式上の貸倒とは、「継続的な取引を行っていた債務者の資産状況、支払能力等が悪化したため、その債務者との取引を停止し、1年以上経過したとき」に、滞納額から備忘価格として1円を差引いた金額を貸倒損失として計上することができます。(所得税法基本通達51-13)
入居している状態で家賃の滞納が続いている場合は、貸倒損失を計上することはできません。
入居している状態で家賃の滞納がある入居者については、一定の要件に該当することで「住居確保給付金制度」を利用することができます。
「生活困窮者住居確保給付金制度」とは、各地方自治体が退職や事業を廃業した人が経済的に困窮し住居を失くすおそれがある場合、家賃相当額を申請者に支給する制度です。
この制度は以前からある制度ですが、新型コロナウイルス感染症の流行により現在注目を集めている制度です。申請の対象は、次の全ての要件に該当する方です。
その他、公共職業安定所に求職を申し込むことなどの要件があります。詳しくは、お住いの地方自治体へご確認ください。
今回の新型コロナウイルス感染症の影響により収入が大きく減少し、家賃が払えない方へは各地方自治体が支援を行っています。入居者が家賃の支払いに困っている時は、オーナーからこの「住居確保給付金制度」を勧めてみてはいかがでしょうか。
今回は、「新型コロナウイルスによる不動産の相続税評価額への影響」と「相続税が課税される未収家賃についての対策」についてご紹介しました。新型コロナウイルス感染症の影響により、今後、不動産価格は下落すると予測されています。
しかし、2020年中に発生する相続での不動産の相続税評価額には、その下落が反映されません。
また、不動産経営で滞納が発生すると、家賃の滞納額は相続財産になってしまいます。家賃の滞納については、事前に対策することで回避できる可能性があります。
しかし、個人で対応するには貸倒損失などの判断が難しいです。相続についてお困りの方は、税の専門家である税理士に相談されてみてはいかがでしょうか。