相続放棄したのに固定資産税の納税通知書が届いたら?
親族が借金を残して亡くなってしまったような場合には、その借金を引き継がないようにするために相続放棄を行うことが考えられます。
相続放棄を行うと借金などの債務はいっさい引き継がなくてもよくなりますが、固定資産税についてはやや扱いがことなるために注意しておかなくてはなりません。
今回は相続放棄をした後になって固定資産税の納税通知書が届いた時にどのように対応するべきかについて、具体的なケースを見ながら解説します。
目次
1.被相続人が滞納した固定資産税を払う必要があるか?
結論から言うと、相続放棄をした人は固定資産税を支払う義務は本来はありません。
ですが、相続が生じた日(被相続人が亡くなった日)と相続放棄の手続きをしたタイミングによっては「いったんは税金を納めた上で、後で本来の納税義務者に対して請求をする」という手続きをとらなくてはならないケースが考えられます。
1-1.そもそも固定資産税の納税義務者とは?
固定資産税はその名の通り固定資産(土地や建物)を所有している人に対して課せられる税金(市役所に対して納めます)で、毎年1月1日時点で所有権者として登録されている人が支払わなくてはなりません。
そのため、誰が税金の支払い義務を負うのかを考える際には「1月1日時点で誰が所有権者として登録されているのか」が決定的に重要ということになります。
1-2.納税義務者は「固定資産課税台帳」に登録されている人
固定資産税の納税義務者の判断は、「固定資産課税台帳」という市役所に備え付けられている資料に1月1日時点で所有権者として登録されている人の名前で判断されます。
ただ、実際にその土地や建物に住んでいる人であったとしても、本来の所有権者から賃貸して住んでいるのか、それとも住んでいる人自身が所有権者となっているのかは外から見てもわからないことが多いです。
そのため、市区町村は登記簿の内容に基づいて固定資産課税台帳を作成しています。
土地や建物については登記制度がありますから、市役所は登記の内容に基づいて固定資産課税台帳の管理を行なっているというわけです。
1-3.固定資産課税台帳の前提となる登記制度とは?
登記制度というのは、売買契約や相続などの形によって不動産の所有権が移転した時に、第三者に対して「この土地や建物は私のものですよ」ということを主張するために行う手続きのことです。
登記をしておかないと最悪の場合には土地や建物の権利を失ってしまうこともあるため、土地や建物に関する所有権を取得した人は、司法書士などに相談して登記を行うのが普通です。
この登記に基づいて固定資産課税台帳が作られるため、固定資産税の課税漏れは基本的に生じない仕組みになっているというわけです。
1-4.土地や建物以外の固定資産税は?
固定資産税は土地や建物だけではなく、事業者の人などが所有している機械設備や広告看板などに対しても課税されます。
土地や建物以外で固定資産税の課税対象となるもののことを「償却資産」といいますが、これについては土地や建物と違って登記の制度がありません。
そのため、償却資産に関しては事業者の方が毎年「償却資産の申告」という形で、権利者が誰であるのかを自己申告する形になっています。
償却資産の申告を行うと、その申告書に記載されている人が役所の登録台帳(償却資産の場合には「償却資産課税台帳」といいます)に登録され、毎年1月1日時点での所有権者に対して固定資産税の納税義務が生じることになります。
2.なぜ、相続放棄をしたのに固定資産税の納税通知書が届く?
固定資産税は上でも解説させていただいた通り「1月1日時点で固定資産課税台帳上で所有権者となっている人」に対して課税されます。
相続放棄をしたのに固定資産税の納税通知書が届いたという場合、今年の1月1日時点ではあなたが固定資産課税台帳に所有権者として登録されていたものと考えられます。
具体的には、前の年には被相続人(亡くなった人)が固定資産課税台帳に登録されていたものの、市役所が納税通知書を発送する段階でその被相続人が亡くなっていることが判明したため、その相続人と推定される人(あなた)に対して納税通知書が発送されたのでしょう。
2-1.払わないといけない?
結論から言うと、固定資産税の納税通知書が届いた人には納税義務があることになります(これを台帳課税主義といいます:地方税法343条2項)
役所は機械的に手続きを行いますから、実際の所有権者が誰であっても固定資産台帳の記載の通りに納税通知書を送付しています。極端な言い方をすれば、固定資産課税台帳に間違えてあなたの名前が登録されていたとしても、あなたは納税をしなくてはならないという扱いになっているのです。
このような実務上の扱いに関しては複数の判例があるため、納税義務を免れることは基本的に難しいと考えるべきでしょう。
横浜地判平成12年2月21日
大阪地判昭和51年8月10日
浦和池判昭和58年7月13日
役所の手続き上で固定資産の納税義務者として扱われてしまうと、その通りに納税をしなくてはならないというルールになっているのです。
2-2.立替払いと求償権
上記の通りに市役所に対して固定資産税の納付を行なった場合、あなたは「本来は納税義務者が支払わなくてはならないものを立替払いした状態」ということになります。
立替払いしたものは本来の支払い義務者に対して「立て替えた分を支払ってください」と請求することができます(これを求償権といいます)
話し合いによって本来の権利者がスムーズに支払いをしてくれる場合には問題はありませんが、支払いをしてくれない場合には弁護士や司法書士などに相談するようにしましょう(いきなり請求書を送りつけるようなことをしてしまうとほぼ間違いなくトラブルになります)
多くの場合相手方は親族ですから、法律上の権利について主張をすることと親族間での信頼関係を損ねてしまわないようにすることとはバランスを取らなくてはなりません。
当事者がのぞむ最善の解決方法はどのようなものであるのか(トラブルになったとしてももお金を取り戻したいのか、あるいはある程度の譲歩をしてもよいのか)をきちんと法律家に伝えた上で、話し合いの仲介をしてもらうようにしましょう。
2-3.どうしても支払いをしたくない場合は?
実際には相続放棄を行なっているわけですから、あなたには固定資産税の納税義務は本来はないはずです。
民法939条によると、「相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす」とされており、裁判所の判例でも「この効力は絶対的で、何に対しても、登記等なくしてその効力を生ずると解すべきである」としたものがありますから、納税通知書が届いたとしても支払わないでも良いのでは?と思ってしまう方も多いでしょう(最高裁判例昭和42年1月20日)
しかし、その後の判例の推移を見ても実務上は台帳課税主義による課税は適法であるとする判断が定着しています。
納税義務について本格的に争うのであれば弁護士に相談した上で裁判をする必要がありますが、実務上はいったん納税通知書に基づいて納税を行った上で、本来の財産の所有権者に対して求償権の行使(つまり立て替えた分を返すように求めること)をするのが一般的です。
また、相続放棄をした人に対して翌年以降に固定資産税の納税通知書が届かないようにするために、登記名義の変更(所有権更正登記または所有権抹消登記)を行っておくことが大切です。
これらの登記の手続きに関しては司法書士や弁護士などの法律の専門家に相談するのが適切です。
2-4.市役所に還付を求めることはできる?
固定資産税の還付請求は「納期限の翌日から5年以内」であれば行うことができますが、還付を認めてもらうためには還付を求めることについて法律上の根拠があることを認めてもらわなくてはなりません。
上で解説させていただいたように、固定資産税の課税については基本的には台帳課税主義が適用されますから、相続放棄を行なっていると言う事情があったとしても固定資産税の納税通知を行うタイミングで固定資産課税台帳に所有権者として登録されていた人に対して固定資産税の課税を行うことは適法であるという主張をすることが考えられます。
どの市に対して還付請求を行うかによって扱いが異なる可能性はありますし、裁判になった後にどのような結論が出されるかについて確実なことは残念ながら言えません(相続放棄の効力と台帳課税主義については上記の通り学説上も判断が難しい問題です)
3.被相続人の財産から払ってしまうと、相続放棄できなくなる可能性がある
納税通知書が届いたときには「この固定資産税は相続財産から生じたものだから、相続財産から支払えば問題ないだろう」と考えて安易に支払いをしてしまわないように注意をしなくてはなりません。
民法921条によると、相続人となる人が相続財産の一部を処分してしまった時には、相続放棄をせずに単純承認をしたものとみなされてしまうためです。
一方で、相続財産ではなく自分自身のお金から納税を行なった場合には単純承認には当たらないと思われます。
ただし、上記のように相続放棄ができなくなってしまうリスクはありますから、相続放棄の手続きを行なっている途中に固定資産税の納税通知書を受け取ったときには支払いはいったん保留して、法律家に相談することをおすすめします。
4.まとめ
今回は、相続放棄を行なった場合の固定資産税の納税義務について解説させていただきました。
結論的には、相続放棄を行なったはずなのに固定資産税の納税通知書が自分宛に届いたと言う場合には納税義務を免れるのは難しいと言えます。
ただし、これは役所の手続き上、納税の義務が生じるということにすぎませんから、相続放棄を期限までに正しく行なっている場合には本来の納税義務者(最終的に遺産の相続をした人)に対して立替払いをしたお金を支払うよう求めることは可能であると考えられます。
実務上も争いになることが多い難しいケースですが、親族間でトラブルになるような事態を避けるためにも弁護士などの専門家のアドバイスを受けるようにしましょう。