ジャニーズ事務所は「事業承継税制」で相続税の免除を狙っているのか
ジャニーズ事務所の藤島ジュリー景子氏が「事業承継税制」の特例措置を利用して、相続税を免除してもらうために代表を留任したのではないかとの疑惑が浮上しています。
ここでは、この問題を通して、法人版の事業承継税制について考えてみたいと思います。
目次
1.事業承継税制って何?
国税庁のHPを見ると、事業承継税制について次のような説明をしています。
「事業承継税制は、円滑化法に基づく認定のもと、会社や個人事業の後継者が取得した一定の資産について、贈与税や相続税の納税を猶予する制度です。」
【出典】「事業承継税制特集」|国税庁
事業承継税制とは、先代の経営者から事業を引き継いだ経営者に対して、事業を継続することを条件に、贈与税や相続税の納税を猶予し、さらに次の後継者に承継させることができた場合には、これらの税金を免除する制度です。
法人であれ個人事業主であれ、多額の贈与税や相続税が発生することで経営が圧迫され、事業の承継がうまくいかないことがあります。
この問題を解消するために、経営承継の円滑化と、中小企業の事業活動の継続の一環として「事業承継税制」が新設されました。
2.ジャニーズ事務所は事業承継税制の要件を満たしているのか?
では、次にジャニーズ事務所がこの事業承継税制の要件を満たしているのかを調べてみましょう。
2-1.企業の要件
事業承継税制の適用を受けるためには、非上場の「中小企業」でなければなりません。経営承継円滑化法2条には、中小企業の定義が記載されています。
とりまとめると、下表の通りとなります。
業種 | 資本金 | 従業員数 |
---|---|---|
製造業・建設業・運輸業その他 | 3億円以下 | 300人以下 |
ゴム製品製造業 (自動車又は航空機用タイヤ及びチューブ製造業並びに工業ベルト製造業を除く) | 3億円以下 | 900人以下 |
卸売業 | 1億円以下 | 100人以下 |
小売業 | 5,000万円以下 | 50人以下 |
サービス業 | 5,000万円以下 | 100人以下 |
サービス業のうちソフトウエア業又は情報処理サービス | 3億円以下 | 300人以下 |
サービス業のうち旅館業 | 5,000万円以下 | 200人以下 |
【参考】中小企業経営承継円滑化法申請マニュアル「会社法特例」|中小企業庁財務課
資本金と従業員数のいずれかが合致すれば、中小企業に該当します。
ジャニーズ事務所は、資本金が1,000万円、従業員数が210名のサービス業の会社であり(※)、資本金の額から中小企業の要件に該当します。また、ジャニーズ事務所は、株式を上場しておらず、非上場会社の要件も満たしています。
正確には、企業はこの他にも、次の要件も満たす必要があります。ジャニーズ事務所は、どの要件も満たしています。
- 従業員数が1名以上であること
- 総収入金額がゼロではないこと
- 風俗営業会社でないこと
- 資産管理会社でないこと
2-2.先代経営者の要件
先代経営者の主な要件は、次の2つです。
- 会社の代表権を有していたこと
- 相続・贈与の前に筆頭株主で、かつ総議決権数の過半数を保有していたこと
さらに、贈与によって事業承継税制の適用を受ける場合には、株式の贈与時に、会社の代表権を有していないことも要件となります。
ジャニーズ事務所は、ジャニー喜多川氏が社長を、その姉であるメリー喜多川泰子氏が副社長を長年務めていたため、先代は、会社の代表権を有していたことになります。
株式については、ジャニー喜多川氏とメリー喜多川泰子氏との2人だけで事務所の株式を保有していたとされ、今回の問題の特別調査チームの調査報告書には、1980年代当時の株主構成について次の記述があります。
1980年当時
株主 | 株数 | 割合 |
---|---|---|
ジャニー氏 | 10000 | 50% |
メリー氏 | 10000 | 50% |
【出典】調査報告書(公表版)
仮に、このままの株式保有割合が維持されているとすれば、会社法の原則に従うと、ジャニー喜多川氏の保有する議決権は、総議決権の過半数には足りていないことになります。
2-3.後継者の要件
ジャニー喜多川氏の後継者となる藤島ジュリー景子氏は、次の要件を満たさなければなりません。
株式を相続して承継した場合
- 筆頭株主となり、かつ総議決権数の過半数を保有すること
- 相続直前に役員であったこと
- 相続開始から5か月以内に代表取締役になること
株式の贈与を受けて承継した場合
- 筆頭株主となり、かつ総議決権数の過半数を保有すること
- 贈与直前に3年以上役員であったこと
- 贈与時に代表取締役になること
藤島ジュリー景子氏は、1998年3月に取締役に就任しています。次に、2019年7月9日にジャニー喜多川氏が亡くなると、同年9月27日には、代表取締役に就任しています。したがって、相続による事業承継のケースでも、贈与による事業承継のケースでも、「役員」と「代表取締役」の要件は、満たしていることになります。
一方で、株式については、同調査報告書に、ジャニー喜多川氏死去当後の株主構成について、次の記述があります。
2019 年(ジャニー氏死去後)
株主 | 株数 | 割合 |
---|---|---|
ジュリー氏 | 10000 | 50% |
メリー氏 | 10000 | 50% |
とすれば、藤島ジュリー景子氏が代表取締役を引き継いだ当時、保有していた議決権は、総議決権の過半数には達していなかったことになります。
メリー喜多川氏が亡くなった後に、藤島ジュリー景子氏がジャニーズ事務所の株式を100%保有することは、周知のとおりです。
事業承継税制では、これらの要件を満たしたうえで申請をし、都道府県知事の「円滑化法の認定」を受けなければなりません。
2-4.ジャニー喜多川氏の株式保有割合について
ここからは、一般論と推測の話でしかありません。
通常、経営者が、他のパートナー経営者と株式を50%ずつ保有することは、考え難いことです。株主総会の決議に決着が付かないからです。
また、話の内容からすると、ジャニーズ事務所は、既に事業承継税制の特例措置の認定を受けています。
ジャニー喜多川氏がメリー喜多川氏より、1株でも多く株式を保有していれば、「議決権の過半数の要件」も「筆頭株主」の要件も満たすことができます。だとすれば、ジャニーズ事務所がこの要件もクリアしていたと推測するのも不自然ではありません。
2-5.事業継続要件
最後に、事業承継税制の認定を受けた後も、藤島ジュリー景子氏が、ジャニー喜多川氏の死亡時に納税を猶予されていた相続税の免除を受けるためには、5年間次の要件を守って事業を継続しなければなりません。現在ジャニーズ事務所で問題となっているのが、この要件でしょう。
- 後継者が会社の代表者であり続けること
- 後継者が受け継いだ株式を保有し続けること(5年経過後も引き続き必要となります)
- 相続・贈与時の雇用人数の8割を維持すること
後継者は、5年間、代表取締役のまま雇用を守り、株主であり続けなける必要があります。
3.事業承継税制違反するとどうなる?
事業承継税制の適用後、継続要件を維持できなければ、認定が取り消されることになります。また、虚偽の申告や隠蔽行為などの不正行為が発覚した場合にも、認定は取り消されます。
認定が取り消され、納税が猶予されないとなれば、猶予されていた税額に加えて、利子税を一括で支払わなければなりません。なお、利子税の税率は、情勢によって変わります。
ジャニーズ事務所と事業承継税制問題について
ここまで、ジャニーズ事務所に沸いた疑念を通して、事業承継税制の要件を簡単にご紹介しました。
文春オンラインは、「ジャニー氏が亡くなった時点での1株当たりの評価額を約200万円とした場合、ジュリー氏が納めるべき株に対する相続税は約860億円と推計できるという。」としています(※)。
しかし、ジャニーズ事務所が事業承継税制の適用を受けた当時、ジャニー喜多川氏の性加害についてはまだ問題となっていませんでした。したがって、不正な目的で事業承継税制の適用を受けたとは考え難いでしょう。
一方で、行政は、要件を満たしたていれば、制度を適用せざるを得ません。そのために、不正に備えたペナルティが存在するのです。
ジャニーズ事務所が認めた性加害については、被害者が未成年者であったこと含め、決して許されないことです。
一方、この問題について、記事中にジャニーズ事務所側は、「税金逃れと言われるのは大変遺憾です。(相続税の額が860億円か?との質問には)違います」と回答しています。
この問題に結論を出すには、もう少し時間がかかりそうです。
※ 《ジャニーズ性加害問題》ジュリー氏「代表取締役残留」は相続税支払い免除のためだった 国税庁関係者は「被害者やファンを馬鹿にした話」