親または子が認知症の場合の相続はどうなる?

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1. 認知症から起こる問題

相続において「親族の誰が、どのぐらいの財産を相続するのか?」は法律でルールが定められていますが、もし財産を所有していた人が遺言を残しているような場合には、基本的にその遺言の内容が法律より優先されます。

しかし、被相続人が生前に認知症と診断されていた場合や、診断はされていないけれどその疑いがあるというようなケースでは、その人が行なった遺言や生前の贈与、相続税対策として行なった各種の契約は果たして有効なのか?ということが問題となります。

一方で、財産を相続する側の人たち(相続人:亡くなった方の奥さんや子供等)が複数いる場合で、そのうちの1人が認知症であるというケースも問題となる可能性があります。

1-1.認知症患者の増加

厚生労働省の新オレンジプランと呼ばれる認知症対策の資料で、将来の認知症患者の予測がされています。

全国の認知症患者は、2012年時点では460万人(15%)ですが、2025年には675万人(19%)に増加し、さらに2060年には850万人(25%)まで増加することが予測されています。

これは、各年齢での認知症の病率が今と変わらないと仮定した場合ですので、認知症の病率が増える最悪の場合では、2060年に1154万人(34.3%)、実に3人に1人が認知症という驚くべき予測データとなっています。

認知症の高齢者人口の将来推計
認知症病率
一定の場合
認知症病率
増加の場合
2015462万人(15.0%)
2020602万人(17.2%)631万人(18.0%)
2025675万人(19.0%)730万人(20.6%)
2030744万人(20.8%)830万人(23.2%)
2040802万人(21.4%)953万人(25.4%)
2050797万人(21.8%)1016万人(27.8%)
2060850万人(25.3%)1154万人(34.3%)

【出典】厚生労働省:認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)(概要)

ここでは認知症にからむ相続の問題について、具体的なケースを想定しながら解説させていただきます。

2.被相続人が認知症である場合

まずは被相続人が認知症である場合や、認知症の疑いがある場合の相続について考えましょう。
ここで問題になるケースとしては、大きく分けて次の2つが考えられます。

  • ①被相続人が行う各種の契約は有効か
  • ②被相続人が残した遺言書が有効か

2-1.①被相続人が行う各種の契約は有効か

正常な判断能力を欠いている方が行なった法律行為は無効とされます。
(法律行為とは売買契約や贈与など、法律的な効力が発生する各種の行為のことをいいます。)

医師から認知症と診断されているような場合には、正常な判断能力を欠いているとみなされる可能性が高いため、その人が行なったすべての法律行為が無効とされる可能性が高いです。

無効というのは、簡単にいうと「どういう証拠が残っていようと、行為が行われた時点にさかのぼってすべての効力が否定される」ということです。
例えば、売買契約書などの正式な契約書が作成されているような場合であっても、その契約書を作成した時点で本人に正常な判断能力がなかったときには、その契約はまったくなかったことになってしまうのです。

認知症の方が契約に基づいて支払ったお金は返還しなくてはなりませんし、土地や建物を引き渡したような場合にはそれらはもとの持ち主に返さなくてはなりません。

2-1-1.いわゆる「まだら認知症」の場合

ただし、認知症の中には「まだら認知症」という症状もあります。
まだら認知症というのは、1日のうちで判断能力が正常であるタイミングとそうでないタイミングがある場合や、物忘れはひどいもののその他のことについては正常に判断できる場合をいいます。

まだら認知症の場合、なんらかの行為を行なった時点で、正常な判断能力があったかどうか?がその行為の有効性をめぐって問題となることがあります。
まだら認知症の方の場合は、その人が行なったすべての法律行為が無効とされるわけではなく、行為時の状況によって有効とされたり、無効とされたりする可能性があるということですね。

行為時に判断能力があったかどうかは、残されている各種の証拠資料(取引時のメモなど)をみながら裁判所が判断することになります。

2-2.各種の相続対策ができない

いずれにしても、認知症の疑いがある方が財産を所有している場合には、トラブルに見舞われてしまわないように何らかの対策をしておかなくてはなりません。

相続対策は不動産契約や生命保険の契約、生前贈与や遺言書作成など、取引内容が複雑でしかも大きな金額が動く契約となることも珍しくないため、財産を持っている人が認知症となってしまうとこれらの対策がまったくできなくなってしまうのです。

相続対策をまったく行うことなく亡くなってしまった場合には、多額の相続税が発生し、家族に財産を残すことができなくなってしまう可能性もあります。

対策として考えられるのは、認知症の方自身に代わって行為を行う人を決めておくことです。
家族や専門家が認知症の方に代わって法律行為を行えるようにする制度が各種の「後見制度」で、後見制度には「任意後見制度」と「法定後見制度」の2種類があります。

2-2-1.任意後見制度を利用するには判断能力が必要

任意後見制度は、現在は認知症となっていない方が、将来的に認知症となってしまった時に備えるという場合に利用できる方法です。
任意後見制度では、将来的に後見人となる人を事前に契約によって決めておきます。
(これを任意後見契約と言います。公正証書で契約書を作成しなくてはなりません。)
任意後見人は家族のほか、弁護士などの専門家に任せることもできますから、財産が多額にあるという場合には専門知識を持った人を選んでおくことが望ましいでしょう。

その後、認知症の症状が現れた時には家庭裁判所に対して任意後見契約を有効にしてほしい旨の申し立てを行います。
家庭裁判所の審判が出ると任意後見契約が有効になります。
家庭裁判所は任意後見人が本人の不利益になるような法律行為をしないかをチェックする「任意後見監督人」も選任してくれますので、いわばダブルチェック体制で認知症となった方の利益を守ることができるようになります。

【関連サイト】相続弁護士カフェ:任意後見契約の概要と契約の流れ、方法

2-2-2.任意後見契約の注意点

財産が多くある方が高齢となった場合にはこの任意後見契約を事前に結んでおくことが望ましいですが、任意後見契約を結ぶ前の段階ですでに認知症と診断されているような場合には利用することができないので注意が必要です。

認知症と診断されている人はすべての法律行為ができなくなってしまうため、任意後見契約を締結すること自体ができません。
すでに認知症と診断されている方の場合の対策としては、次の法定後見制度を利用することが考えられます。

2-2-3.法定後見制度は裁判所が後見人を任命する制度

法定後見制度はすでに認知症となってしまった人のための制度です。
認知症となった後であっても家庭裁判所に申し立てを行い、後見人となる人を選任してもらうことができます。

ただし、法定後見制度では相続対策などを行う時には問題が生じやすく、不十分な対策とならざるを得ないというのが実際のところです。
というのも、法定後見人は本人の不利益になるような行為ができないためです(次の項目で詳しく説明させていただきます)。

【関連サイト】相続弁護士カフェ:相続と成年後見制度について

2-2-4.いわゆる法定後見制度では、本人の不利益になる行為はできない

法定後見人としては家族が選任されることが多いですが、家族が本人に代わって行う行為は、本人の利益となる行為が必ずしも家族の人の利益にはならないケースが考えられます。

例えば、家族の人が将来的に相続が発生したときの対策として、相続税を抑えるために自分に対して生前贈与を行いたいと考えたとしても、それは家族の人の利益のために行うことなので本人の利益とはならないとみなされてしまう可能性が高いのです。

法定後見人が家族の財産を守るために各種の対策を行ったとしても、その行為が本人の財産を違法に費消する行為であるとして、業務上横領で家庭裁判所が刑事告発したというケースも過去にあります。

2-2-5.ほぼ手遅れ状態?

このように考えていくと、相続税対策というのは基本的に残された家族のために行うものであって、本人(認知症となった人)にとっては外見上はデメリットとなることがほとんどです。
そのため、多くのケースで法定後見人(家族の人)が行う相続対策が認められなくなってしまう可能性が高いのです。

認知症になってしまった後になると、相続対策としてできることが極端に制限されてしまうということを知っておかなくてはなりません。
相続対策は財産を持っている人が認知症となる前に行う必要があります。
もし対策ができていない場合には多くのケースで多額の相続税を負担することになってしまいます。

【関連サイト】相続弁護士カフェ:認知症になると相続対策ができない!早めの対策を

2-3.②遺言についての問題

認知症の方が遺言を残している場合には、その遺言が有効か無効かも問題となります。

遺言についてのルールは民法という法律で決まっており、15歳以上の人であれば遺言を行うことができます(成年後見制度を利用している人が遺言を行うときには、2人以上の医師の立会いが必要になります)

しかし、遺言を行なったときに認知症などによって正常な判断能力を欠いていた場合には、その遺言は無効とされてしまう可能性があるのです。
以下では認知症の方が遺言を残すときの問題点について解説させていただきます。

【関連サイト】相続弁護士カフェ:認知症の人に遺言能力はあるのか?家族がとるべき対策

2-3-1.遺言の有効、無効は裁判官が判断する

遺言が無効となるか有効となるかが裁判で問題になったときには、遺言書が作成された時点どの状況を具体的に見ながら、遺言をした人に正常な判断能力があったかどうかを裁判官が判断することになります。

お医者さんの診断書があれば無効か有効かは一目瞭然なのでは?と思われるかもしれませんが、法律的な問題については医師の診断書は参考資料としての価値しか認めてもらえません。

あくまでも最終的に判断を下すのは裁判官なので、遺言が有効となるか否かを予測するには過去の裁判例を参考にする必要があります。
遺言の有効性が争われた裁判例としては以下のようなものがあります。

2-3-2.認知症の症状の重さから考えて、明らかに複雑な遺言内容である場合

複雑な不動産取引について遺言の内容に含めていた事例で、認知症の症状の重さから考えて到底自力で作成したとはみられないケースで、遺言が無効となった判例があります(横浜地裁 平成18年9月15日判決)

遺言を行なった人は、認知症の症状として自分の子供の人数などを忘れている、会話についても簡単な応答しかできないなどの状態でした。
このように、遺言を行う人の状況からみて明らかに複雑すぎる遺言内容が残されているという場合、裁判所はその人自身の意思に基づく遺言ではないと判断する傾向があります。

2-3-3.公正証書遺言作成時の状況から無効となった例

公正証書遺言を作成する際には、公証人が遺言内容について本人の意思に間違いがないかを実際に面談をして確認します。
このケースでは遺言を行なった人は危篤の状態にあり、公証人の質問にうなずく形でしか意思表示ができない状態でした。
公証人の説明では、遺言作成時の状況として遺言をした人は一言も発することがなかったなどの状況がみられたため、この公正証書遺言は無効とされました。

なお、この事例は内縁の妻との子供を認知する旨の遺言が有効であるかどうかをめぐって遺言者の本妻の子からの認知無効の訴えが提起されたケースですので、通常の財産処分の場合よりも慎重な判断が行われたものと思われます。

2-3-4.判断能力があれば公正証書遺言を作成

遺言書は自筆で行なったものでも形式を満たしていれば問題なく成立しますが、認知症の疑いがある方が遺言を残す場合には、公正証書遺言の形で行うのが良いでしょう。
公正証書遺言は公証人役場で公証人の立会いの元に行いますから、後から遺言の有効性をめぐって裁判になったような場合でも無効とはならない可能性が高いためです。

なお、遺言の有効性が問題となるのは、相続に利害関係を持つ人が遺言無効の訴えを起こした場合に限られます。
たとえ認知症の疑いがある方の遺言であっても、その遺言の内容について誰も争う人がいない場合にはその遺言は有効に成立します。

【関連サイト】相続弁護士カフェ:公正証書遺言

2-3-5.判断能力があるうちに、任意後見制度か信託の利用を

このように、被相続人となる人が認知症となった場合には生前に行なった契約や遺言書の作成をめぐって、残された遺族の間でトラブルに貼ってするケースは少なくありません。
こうしたトラブルを避けるためにもっとも良いのは、被相続人となる人に判断能力があるうちに、任意後見制度などの形で将来に備えておくことです。

また、財産の管理をより公正に行うために、信託の制度を利用することも有効です。
信託というのは一定の財産を信託銀行などの金融機関に預け、その財産の使い方を契約で定めることによって、より被相続人となる人の意思にそった形で財産の承継を行うことができる方法です。
信託銀行では相続対策としてさまざまな信託内容をパッケージとして提案してもらうことも可能ですから、判断能力があるうちにこういった方法を検討してみるのも良いでしょう。

【関連】究極の相続対策、家族信託(民事信託)とは

3.相続人が認知症の場合

次に、相続人となる人の中に認知症となった方がいる場合も問題となります。
例えば、財産を残して亡くなった方に子供が3人おり、その中の1人が認知症であるというような場合です。

残された財産が現預金だけである場合には、遺言書がある場合にはその内容に基づいて、もし遺言書がない場合には法律上のルールに基づいて分割を行えば問題はありませんから、相続人の人が認知症であっても特に問題はありません。

しかし、残された財産が土地や建物などの簡単には分割できないものである場合には、遺産分割協議という形で話し合いを行い、協議の結果を遺産分割協議書にまとめる必要があるのです。

高齢化の進展によって、相続人となる方が高齢である場合も珍しくはなくなってきているため、今後こうしたケースは増えていくものと思われます。
以下では相続人となる人の1人が認知症である場合の問題点について解説させていただきます。

3-1.認知症の人を無視して遺産分割をすると無効なため、成年後見人の選任が必要

財産を残して亡くなった人に複数の相続人(遺族)がいる場合、残された財産を誰がどれだけ相続するのか?については、遺産分割協議という話し合いによって決めることになります。

しかし、相続人の中に認知症の方がいる場合は、その人は遺産分割協議で有効な意思表示ができないことになります。
遺産分割協議に合意することも法律行為にあたるため、正常な判断能力を欠く人は有効に遺産分割協議に合意することができないのです。
そのため、認知症である相続人のために成年後見人の選任を行う必要が生じます。

成年後見人が家庭裁判所によって選任されると、その人が認知症の相続人に変わって遺産分割協議に参加し、最終的に遺産分割協議書にサインすることで相続が完了することになります。

3-2.利益相反の関係に当たる人は代理できない

成年後見人となるのは、通常の場合であれば親族です。
しかし、相続に関する問題については、親族間で利益が相反する状態になってしまうことがあるため、親族が成年後見人として相続に関する意思表示を行うことが適切でないケースがあります。

例えば、被相続人の3人の子が相続人で、そのうちの1人が認知症であるため成年後見制度を利用した場合に、その3人の子のうち別の1人を成年後見人となるようなケースです。
成年後見人となった相続人は、内心はどうあれ、外見上は自分自身の利益のために認知症である人の利益を害する可能性がある形になってしまうのです。

3-2-1.特別代理人の選任が必要

このようなときには家庭裁判所に申し立てをして「特別代理人」という人を選任してもらう必要があります。
特別代理人は別の親族がなることもありますし、弁護士などの専門家が選任されることもあります。
特別代理人は家庭裁判所が指定した内容についてのみ事務を行い、役割を果たした時点で任務は終了します。

3-3.遺言に反する形で遺産分割協議を行うことができるか

被相続人となる方が遺言を残している場合には、その遺言に反する形で遺産分割協議を行うことができるかも問題となります。
この問題については、相続人となる人たちが全員一致して遺言とは異なる内容の遺産分割を行うことに合意した場合には問題なく遺産分割協議が成立すると考えるのが一般的です。

ただし、ここでも相続人の中に認知症の方がいる場合にはその方の意思表示の有効性が問題となりますから、その場合には成年後見制度の利用を通して有効な意思表示ができるようにしなくてはなりません。

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