法人向け生命保険の正しい加入目的:節税ではなくリスク対策
法人向け生命保険では、「節税」の売り込み文句が多く見られますが、単なる「課税の繰り延べ」で、実際には節税効果がさほどない場合も多いです。一方で、事業保障や退職金積立など、本来の保険としてリスク対策に用いることには意味があるといえます。法人向け生命保険の正しい加入目的や具体的な活用方法について解説します。
1.法人向け生命保険の加入目的
1-1.法人の生命保険加入の目的
法人が生命保険に加入する目的といえば、やはり節税・決算対策が一番に挙げられます。保険料を損金算入することで法人税負担を圧縮するというものです。しかしながら、法人向け生命保険には、それ以外にも保険の特性を生かしたさまざまな活用法があります。例えば、次のようなものが考えられます。
事業承継対策
経営者死亡時に、相続した親族が経営に関わらないのであれば、後継者以外の者が保有する自社株の買い取り資金が必要になります。この自社株の買い取り資金を準備するために法人向け生命保険に加入することは、事業承継対策として有効です。また、経営者名義の事業用不動産の買い取りのための資金を確保する目的で加入することも考えられます。自社株評価の引き下げ目的で、経営者が生前に加入する場合もあります。
運転資金(事業保障資金)対策
経営者の万一の事態(不慮の事故や病気などによる突然の死亡)に備え、従業員の人件費や短期債務、後継者育成資金などの運転資金(事業保障資金)を準備する目的で加入します。
加えて、中小企業は、経営者が唯一無二の存在で、経営者への信頼で取引先との関係など事業が成り立っていることも多く、経営者が死亡すると売り上げが急減し、事業が急速に傾くこともあります。
例えば、ソフトバンクグループは、有価証券報告書の「事業等のリスク」で、「当社グループの重要な経営陣、特にソフトバンクグループ㈱代表取締役会長兼社長であり当社グループ代表である孫 正義に不測の事態が発生した場合、当社グループの事業展開に支障が生じる可能性があります。」とわざわざ注記しています。日本電産も同じように、有価証券報告書に永守会長への依存に係るリスクを明記しています。
このように、東証に上場し誰でも知っている大企業でさえ、経営者一人の存在に大きく依存している会社は少なくないのです。中小企業であれば、その依存度の高さはいうまでもないでしょう。このような経営者への過度の依存リスクを回避するために加入します。
連帯保証債務対策
中小企業では、金融機関からの借り入れに際して代表者が連帯保証人になっていることが多く、経営者死亡時には相続人に引き継がれてしまいます。この連帯保証債務対策のために加入します。
死亡退職金・弔慰金対策
経営者死亡時の死亡退職金や弔慰金の支払いに備え、加入します。中小企業ではオーナー経営者の死亡時に多額の死亡退職金が必要になることが多く、退職金倒産に至るケースも見られます。法人向け生命保険に加入することで、このようなリスクに備えます。
役員退職慰労金(生前退職金)対策
死亡時のみならず、経営者の生前の退任時に多額の役員退職慰労金が必要になる場合に備え、加入します。加入の趣旨は死亡退職金・弔慰金対策と同じです。
従業員の福利厚生対策
従業員の福利厚生や退職金、弔慰金の準備のために加入します。「福利厚生保険」とよばれることもあります。
この場合の契約形態は、契約者:法人、被保険者および満期保険金受取人:役員・従業員(使用人)、死亡保険金受取人:役員・従業員(使用人)の遺族、となります。
1-2.法人向け生命保険のメリット
法人向け生命保険には、主に次のようなメリットがあります。
- 上記それぞれの対策に必要な資金を効果的に確保できる。
- 相続人や従業員などに知られずに加入することができる。
- 払込保険料の一部あるいは全部を損金算入できるため、利益を圧縮して法人税負担を軽減できる。
(ただしこれは、課税の繰り延べといえる) - 従業員の福利厚生充実を図ることができる。
1-3.法人向け生命保険のデメリット
一方、法人向け生命保険には、次のようなデメリットもあります。
- 保険料支払いで資金流出(キャッシュアウト)が発生する。よって、資金繰りが悪化する。
- 解約のタイミングを誤ると、効果が薄れる場合がある。
- 契約後の税制が変更される場合がある。
2.法人向け生命保険の具体的な活用方法
では次に、法人向け生命保険の具体的な活用方法について見てみましょう。
2-1.事業承継対策で加入する場合
「後継者以外の者が保有する自社株の買い取り資金+α」、「経営者名義の事業用不動産の買い取りのための資金+α」を目途に設計します。
2-2.運転資金(事業保障資金)対策で加入する場合
一般的には、「短期債務の額+従業員の年間給与総額+α」の合計額を目途に設計します。短期債務に実効税率を加味する場合もあります。長期債務を一部加えたり、給与総額を複数年分としても構いません。
2-3.連帯保証債務対策で加入する場合
「連帯保証債務額+α」を目途に設計します。
いずれも、「+α」は諸費用を想定しています。保険の加入金額が大きい場合、中小企業にとっては諸費用の現金拠出も負担になることがあるからです。
2-4.経営者の死亡退職金や退職慰労金対策で加入する場合
「(最終報酬月額×役員在任年数×功績倍率)+功労加算(ある場合)」を目途に設計します。
2-5.経営者の弔慰金対策で加入する場合
「業務上死亡の場合:報酬月額×36ヵ月分、業務外死亡の場合:報酬月額×6ヵ月分」を目途に、それぞれ設計します。
2-6.従業員の福利厚生対策で加入する場合
従業員の退職金規程、弔慰金規程等に沿って設計します。この場合は「+α」は不要で、各規程の上限におさまるようにします。
3.法人向け生命保険に加入する場合のポイント
法人向け生命保険に加入する場合は、次のような点に留意しましょう。
- 加入目的に合う商品を選び、保険金額と保険期間を適切に設定する。
- 保険料の支払いによる資金繰りを精査し、経営に支障をきたさないようにする。
- 契約前に税理士など専門家に確認し税務面の裏付けを取り、損金算入が否認されないようにする。
- 生前退職金として利用する場合は、中途解約による効果を最大限にするために、解約返戻金や解約時期など契約管理をしっかり行う。
なお、法人向け生命保険は、経営者が他人に知らせずに契約することも多く、保険契約の存在を、経営者とごく一部の経理担当者しか知らないことがあります。このような場合、事業承継が完了しないうちに経営者が死亡し相続が発生すれば、後継者と法定相続人の間でトラブルになる可能性があるため、注意が必要です。
4.法人向け生命保険の現在のトレンド
法人向け生命保険は、取り扱っている保険会社は決して多くなく、商品改定のサイクルも、例えば個人保険の医療保険やがん保険などと比べると、比較的長いといえます。
4-1.生活障害保障型定期保険のブーム
しかしながら、昨年2017年3月に大手生保が発売した「傷害保障重点期間設定型長期定期保険」が、「契約当初の一定期間、傷害以外を原因とする死亡保険金を抑制する(=第1期間の傷害死亡保険金は大きいが、死亡保険金はその分小さくなっている)ことで、保険料を抑えながら、効率的に事業保障・事業承継資金を準備できる」という新しいコンセプトが受け入れられ爆発的にヒットしたのをきっかけに、他社が相次いで同様の商品を発売し、一気に競争が激しくなりました。
4-2.現在の全損タイプ商品の特徴
現在売れている「全損型」(=保険料の全額が損金算入できるタイプ)の商品を見ますと、各社とも最高・最低保険金額や第1保険期間、選択方法(告知書扱、診査医扱、診断書扱等)は異なるものの、実質返戻率は短期間のうちに(多くは契約後2年目から)100%を超えてきています。保険会社としてはセールスしやすく、興味を示す中小企業経営者も多いでしょう。
しかしながら、現在のこの状況はやや過熱感があり、冒頭ふれたように、以前の「とにかく節税」ブームに戻ってしまったように思われます。今後、この全損タイプの商品に、国税庁が何らかの見解を示す可能性もあるでしょう。十分な注意が必要と思われます。
4-3.2018年の新商品
6月には、メットライフ生命が経営者向けの米ドル建て介護定期保険を発売しました。経営者の高齢化に対応し、死亡・高度障害に加え介護保障も用意した新しいタイプの商品です。三井住友海上あいおい生命も、7月2日から、契約から一定期間、災害以外を原因とする死亡・高度障害保障額を抑えながら、合理的な保険料で事業を支えるための保障を準備できる経営者向けの新商品を発売します。このように、法人向け生命保険は競争が激化しており、今後の動向が注目されます。
まとめ
以上見てきたように、法人向け生命保険にはさまざまな活用法がありますが、やはり保険本来の特長を尊重し、理にかなった正しい使い方を心がけたいものです。そして、「そもそも何のために入るのか」をしっかり確認しておくことが必要です。
中小企業では、事業承継と相続が表裏一体となっている場合も多いため、法人向け生命保険への加入は経営にも、そして相続にも大きな影響を与えます。法人向け生命保険は拠出する保険料の額も多いため、税理士をはじめ事前に専門家に確認し、さまざまな観点から総合的に判断して、慎重に対応すべきでしょう。