現金の相続税対策:生前贈与・生命保険・不動産などの活用と注意点
現金は不動産のように評価減や特例がないため、金額そのままに対して相続税が課されてしまいます。 ただ、現金は分けること…[続きを読む]
通常、資産を譲渡すると譲渡益に対して税金がかかります。相続した財産を売却する際も、例外ではありません。
しかし、相続で財産を取得した場合には、その相続税の一部を譲渡益から控除でき、その譲渡益にかかる税金を減らすことができる場合があります。
この制度を「相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」と言います。
今回は、この特例について解説します。
目次
まず、「相続財産を譲渡した場合の取得費の特例(以下、相続税の取得費加算の特例、と言います)」について、その概要を説明します。
相続した財産を売却(譲渡)する際に、譲渡益があれば、通常、その譲渡益には税金がかかってしまいます。
相続時に相続税を支払っているのに、相続した財産の譲渡益に再び税金がかかるということに納得がいかない方も多いと思います。
その為、特例として、相続により取得した財産を一定期間内に譲渡した場合に、相続税額の内の一定金額を譲渡資産の取得費に加算することができるようになっています。
これを相続税の取得費加算の特例と言います。
この特例により、財産譲渡時の取得費を増やすことができ、譲渡益が圧縮されます。その結果、譲渡益にかかる税金を削減することができる事となります。
相続税の取得費加算の特例を受けるための要件は次の通りです。
取得費に加算できる相続税額は、下記「3.譲渡所得の計算、および税金」で説明する金額となります。
ただし、この金額がこの特例を適用しないで計算した譲渡益の金額を超える場合は、その譲渡益相当額となります。
まず最初に、譲渡所得そのものの求め方について見ていきます。
また、譲渡所得の求め方に合わせて、税金の算出方法についてもご紹介します。
譲渡所得とは、資産の売却(譲渡)によって得られる所得のことを言います。つまり、不動産や株式などを売却して得られる所得が譲渡所得です。
譲渡所得 =(資産売却価格)-(取得費 + 譲渡費用) - 特別控除額
この譲渡所得をもとに、税金が算出されます。
一般的には、譲渡所得には所得税や住民税(以下、税金と言います)がかかりますが、税金がかからないものもあります。
譲渡所得に税金がかかる資産には次のようなものがあります。
譲渡所得に税金がかかる資産
- 不動産
- 株式等(投資信託、社債、国債及び地方債等含む)
- 貴金属、古美術品、骨董品
など
譲渡所得があっても、税金がかからない資産には次のようなものがあります。
譲渡所得に税金がかからない資産
- 生活用動産(生活必需品)
など
資産によって、譲渡所得の計算方法が異なります。
ここでは、資産の種類に分けて、相続税の取得費加算の特例を加味する前の、本来の譲渡所得について説明します。
不動産の譲渡所得は、次の計算式で求めます。
不動産譲渡所得(売却益)= 売却価格 - (取得費+譲渡費用)
不動産そのものの売却価格だけでなく、売却の際に精算した「固定資産税・都市計画税」も加算します。
「不動産を取得したときにかかった費用」から「減価償却費相当額」を差し引いた金額です。
不動産を取得したときにかかった費用には、不動産そのものの購入金額以外に、購入後の建築費や改造費、購入手数料などもを加算します。
減価償却費は建物に適用され、土地には減価償却の概念はありません。
なお、上記は「実額法」と言いますが、「概算法」で算出すること可能です。
概算法では、「取得費=売却金額 × 5%」で求めます。
不動産取得が何十年も前で取得費が不明な場合は概算法を使わざるを得ませんが、通常は実額法のほうが有利なため、実額法を使います。
譲渡費用とは不動産を売却するために負担した費用のことです。
譲渡費用となる主なものは、以下のものです。
譲渡費用となるもの
- 仲介手数料
- 印紙税
- 貸家を売る際、借家人に支払う立退料
- 建物を取り壊す場合、取り壊し費用とその建物の損失額
など
税金は、譲渡所得に対してかかってきます。
不動産の譲渡所得については、他の所得(給与所得等)と合算する総合課税ではなく、個別に税額を計算する分離課税方式となっています。
不動産の譲渡所得にかかる税金は、その不動産の所有期間によって税額が異なります。
不動産の譲渡所得にかかる税率
所有期間 | 所得税 | 住民税 | 合計 | |
---|---|---|---|---|
短期譲渡所得 | 5年以下 | 30.63% | 9% | 39.63% |
長期譲渡所得 | 5年を超える | 15.315% | 5% | 20.315% |
上記税率には、復興特別所得税として所得税の2.1%相当が上乗せされています。
また、10年超所有している場合は「10年超所有軽減税率の特例」が適用できる場合もありますので、該当する場合は税理士にご相談ください。
一般的な株式等の譲渡所得は、次の計算式で求めます。
株式等の譲渡所得 = 株式等売却額 - 必要経費(取得費+委託手数料等)
株式等を取得した特にかかった費用です。
取得費が不明な場合には、株式等売却額5%相当を取得費にすると規定されています。
税金は、譲渡所得に対してかかってきます。
株式の譲渡所得については、通常、他の所得(給与所得等)と合算する総合課税ではなく、個別に税額を計算する分離課税方式となっています。
不動産とは違い、所有期間とは関係なく、下記の税金がかかります。
株式の譲渡所得にかかる税率
所得税 | 住民税 | 合計 |
---|---|---|
15.315% | 5% | 20.315% |
上記税率には、復興特別所得税として所得税の2.1%相当が上乗せされています。
1点の売却価格が30万円以下の場合は、生活用動産(生活必需品)となり、非課税となります。
よって、「1点の売却価格が30万円を超えた場合のみ」が課税の対象となります。
貴金属/古美術品/骨董品の譲渡所得は、次の計算式で求めます。
譲渡所得 = 売却価額 - 必要経費(取得費 + 譲渡費用)- 50万円
貴金属/古美術品/骨董品の譲渡所得には50万円の特別控除があり、該当の売却価格の合計から50万円が控除されます。
取得費には、実際の購入にかかった費用以外に、手数料、改良費、設備費などを取得費に加算することができます。
取得費が不明な場合には、売却価格5%相当を取得費にすると規定されています。
税金は、譲渡所得に対してかかってきます。
株式の譲渡所得については、不動産や株式とは異なり、他の所得(給与所得等)と合算する総合課税で課税されます。
譲渡所得による税金の計算は、所有期間によって計算方法が異なります。
税率は、他の所得と合算した所得に対して、総合課税の税率が用いられます。
個人の生活用品(生活用動産)の譲渡所得は非課税です。納税の必要はありません。
上記で、通常の譲渡所得について見てきました。
相続税の取得費加算の特例を使うことができれば、譲渡時の取得費を増やすことができ、譲渡益が圧縮され、その結果として、譲渡益にかかる税金を削減することができます。
ここでは、この特例の計算方法について解説します。
相続した財産を譲渡した人にかかった全相続税額のうち、その譲渡とした財産に対応する相続税額が対象になります。
譲渡した財産ごとに計算します。
A:その者の相続税の課税価格の計算の基礎とされた、その譲渡した財産の価格
B:(その者の相続税の課税価格)+(その者の債務控除額)取得費に加算する相続税額 =(その者の相続税額)× A ÷ B
実際に、上記の計算式を使って、次の事例の計算をしてみましょう。
父親が亡くなり、長男が次の資産を相続した場合を見ていきます。
相続財産
不動産(所有期間5年超) 10,000万円 (全て譲渡する) 現預金 5,000万円 債務控除額 0円 合計 15,000万円 相続税
相続税額 3,000万円
ここでは、不動産を全て譲渡する場合を見ていきます。
取得費に加算する相続税額
相続税額 × 不動産の相続税課税価格 ÷( 全課税価格 + 債務控除額) |
---|
3,000万円 × 10,000万円 ÷{(10,000万円+5,000万円)+0}=2,000万円 |
この2,000万円を不動産の取得費に加算することができます。
その結果、2,000万円に相当する税金(2,000万円×20.315%=406.3万円)が削減できます。
取得費加算の特例を適用するためには、確定申告を行う必要があります。
確定申告書に下記の書類を添付して提出します。
「相続財産の取得費に加算される相続税の計算明細書」、および、「譲渡所得の内訳書」は国税庁のホームページからダウンロードできます。
確定申告書に、上記を添付して、確定申告期間内に提出します。
【参考サイト】相続財産の取得費に加算される相続税の計算明細書
ここでは、不要な不動産を所有していると仮定して、相続発生前に売却するのがいいのか、発生後(この特例を利用)がいいのかを検討してみます。
不動産の評価は「1物4価」と言われており、使われるケースによっていくつかの価格があります。
ちなみに、「1物4価」とは、「相続税路線価」、「公示地価」、「固定資産税評価額」、「実勢価格」を指します。
相続税は、原則「相続税路線価」を使い、実勢価格の概ね70%~80%と言われています。
相続税評価においては、不動産は実勢価格の70%~80%程度の評価ですので、実勢価格で不動産を譲渡して預貯金で持つより、不動産を売却せずに不動産を持っていた方が相続税は安く済みます。
相続資産(相続税)の観点では、不動産は売却せずに、相続発生後に譲渡するほうが良いと考えられます。
相続税の取得費加算の特例を受けるための要件を満たせば、相続税額の内の一定金額を譲渡資産の取得費に加算することができるようになっています。
その結果、譲渡所得に対する所得税/住民税を削減させることができます。
相続税の取得費加算の特例の観点でも、不動産は売却せずに、相続発生後に譲渡するほうが良いと考えられます。
相続税対策の観点では、不要な不動産を保有し続けても、あまり有効活用できません。
不要な不動産を譲渡して、その譲渡所得を生かした相続税対策を行うことが効果的な場合があります。
譲渡所得を生かした相続税対策として、次のようなものがあります。
贈与の基礎控除額(受贈者1人当たり年間110万円)以内でれば、贈与税はかかりません。また、110万円を超えても場合によっては、贈与税率が相続税率より低率な場合もあり、生前贈与することにより、相続財産を減らすことができます。
生命保険金には非課税枠が設けられています。
非課税限度額 = 500万円 × 法定相続人
この非課税枠を活用すれば、相続税を削減することができます。
教育資金贈与の非課税制度など、いくつかの特例が設けられています。
これらの制度を活用して、相続前に資産を移すことにより、相続財産を減らすことができます。
預貯金は遺産分割しやすく、相続のトラブルが起きにくい財産ですが、一方で、不動産は遺産分割しづらく、トラブルが起きやすい資産です。
相続人の関係上、トラブルになるリスクが高い場合は、相続前に譲渡しておく方が無難だと思われます。
以上を踏まえると、遺産分割のトラブルが起こりそうな場合、譲渡所得を活用して相続税対策などを行う場合は、相続前に譲渡するオプションも選択肢に入ります。
しかし、遺産分割のトラブルのリスクが低く、譲渡所得を活用せずにそのまま預貯金で持つのであれば、不動産をそのまま保持したほが良いと思います。
今回は、相続税の取得費加算の特例について見てきました。
相続税の取得費加算の特例自体はそれほど難しいくはありませんが、財産の譲渡タイミングの判断や、実際に譲渡する場合の取得費の計算等には、専門知識が必要です。
この特例活用については、相続の経験豊富な税理士にご相談されることをお勧めします。